真珠湾攻撃と永野修身と五十六とルーズベルト政権(2)

>日本政府は(1941年)11月19日、もしアメリカとの開戦が極秘裏に決定された場合、
>世界各地の外交団宛に毎日の日本語短波ニュース放送の最中に、
>偽の天気予報「東の風、雨」を挿入して知らせることを決定した。

>もし日本が、泰、マラヤ、および蘭印を含めたイギリスと戦争を開始する場合は
>「西の風、晴」の合図が放送され、他方、もしソビエを攻撃する場合は
>「北の風、曇」と合図されることになった。

>…これらの情報は傍受局が受信した。この風情報は、1941年12月3日に受信され、
>翻訳され、その内容は同じ最高首脳部(ホワイトハウス、陸・海軍最高司令部)へ
>配られた。

>海軍は、1941年12月3日夕方、この通信文を受領した。その翻訳文は
>「蘭印を含め米・英と開戦。ソビエトとの平和は別とする」となっていた。

>この「風の執行令状」は、今や海軍省のファイルから消失し、
>大掛かりな捜査にもかかわらず見つけられなかった。

>最後にそれを見たのは(ローレンス・F)サフォード海軍中佐で、その時、
>彼は(アルウイン・D)クレーマー中佐と一緒にそれらの文書を集め、
>ロバーツ委員会に証拠として提出すべく、海軍通信局長に引き渡そうとしたのであった。

>それゆえ、12月4日と6日の間に、戦争の切迫が次の土曜日と日曜日、12月6日と7日であると
>明瞭かつ決定的に判明していたのに全く疑いはない。

>…真珠湾、日米開戦の真相とルーズベルトの責任p257、G・モーゲンスターン著、渡邉明訳…

日本政府の暗号は全部米側に筒抜けだった。日本人でさえ知らない事まで米国は知っていた。
真珠湾攻撃前の12月3日、各地の日本の外交団とルーズベルト政権は開戦日時を知っていた。

そりゃそうだ、日本政府内部は裏切者だらけだった。
近衛文麿公、側近共産主義者永野修身、五十六。
まず真っ先にルーズベルト政権に教えたに違いない。

ルーズベルト政権は日本軍の攻撃があると事前に察知していた。
しかしその情報を現地司令官に教えないで、日本軍の奇襲になるようにした。
そして戦争したくなかった米国民を戦争に引きずり込んだ。

近衛文麿公の側近共産主義者永野修身と五十六は
握っていたルーズベルト政権の注文通りに攻撃したんだよ。
悪いのは、近衛文麿公と側近共産主義者永野修身と五十六だね。
こいつらが一番悪いね。

岸田政権と極めて良く似ている。岸田は米国(DeepStateと米民主党)と中国と〇〇〇と
財務省マスゴミの犬だ。リン官房長官は中国と〇〇〇の犬、上川陽子は米国の犬。
河野太郎は中国の犬、栗林閣下の孫新藤義孝は岸田の犬、古屋圭司は中国と岸田の犬。
レジ袋進次郎は馬鹿、菅義偉は決定的に人を見る目がない、当たったのは安倍首相だけだ。

売国では戦前の近衛内閣に引けを取らないのが岸田内閣だ。
日本国と国民のことなんか、もう一切考えていない、頭の片隅にもない。

野党はそれ以上に反日基地外で、中国や〇〇〇国の手先だ。
これにマスゴミ有識者意識高い系団塊無党派がご一緒だから、もうすごいよ。
勤勉で正直な日本人は、なぜか知らないけど、指導者選びが下手だね。なんでだろ?